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コルビジェ建築視察 その2

2日目。マルセイユのホテルを出発し、ミルフィニの「文化の家」(1965年竣工)と、紆余曲折を経てようやく最近完成した、サン・ピエール教会(2006年竣工)を見に行きました。この場所は、旧市街地と新市街(丘の上のユニテダビタシオン等)を結ぶ結節点としてコルビジェが設計した計画案の一部が実現したプロジェクト群として知られています。
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まず初めに、「文化の家」と呼ばれるスポーツ・文化・教育プログラムのための施設を視察しました。この建物はランドスケープと一体的に設計され、岩場を造成して作られています。高低差の地形を利用して競技場の観覧席、計画されている屋外劇場等が建物と一体的に計画されました。
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                 (競技場越しにサン・ピエール教会を望む)
文化の家の内部は吊構造の傾斜天井と傾斜ガラスの壁面に覆われています。階段状の教室、スタジオ等があり、豊かな天井高差のある空間が水平に連続し得ていました。施設は今も使われていました。
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建物は岩場を介して建築の内外に壇上の空間構成が反復されている設計が特徴となっています。
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その次に、サン・ピエール教会を訪れました。原案は50mの高さの教会のようでしたが、資金難と地盤の悪さで最終的に34mの高さの建物として完成したとのこと。
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内部の天窓や小さな採光孔の効果によって祭壇を多様に照らし教会内部の高さを演出する設計でしたが、プロジェクトはとん挫し、コルビジェがこの教会堂の実現を見ることはありませんでした。
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完成した建物は、有機的な造形の外観とは対照的に内部は光の宇宙のようなSFチックで神秘的な空間となっていました。天井高さによる自然のエコーが味わえる空間でした。讃美歌などのハーモニーを求められる音楽にはちょうどいい空間ではないかと感じました。
 
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ミルフィニを短時間で視察し、今度は同じ日の午後にラトューレット修道院を訪れました。1959年に完成したこの修道院はリヨンのドミニコ修道会を代表してクトュリエ神父からコルビジェが依頼を受け取り組んだ作品です。1952年の多忙な時期に依頼を受け、設計を行っています。この神父から「この建物での宗教生活は慣例の形式に制限されない、修道院の美を生み出すもの、簡素で、最も新しい建築との出会いを可能とするような調和を、建築そのものを超える形で表していかなければなりません・・・・etc,」等、修道院の美に対する哲学的な要望+物理的な空間の要望(100の個室、回廊、会議室、教室、図書館、食堂、厨房等)そして、参考として、ル・トロネ修道院を見学することを促しました。コルビジェはそこも見学し、この建物の設計を行っています。(私達も前日、マルセイユのユニテダビタシオンの後、そのトロネ修道院を見てきました。同じ斜面に計画され中庭からの光が回廊や各空間に光を与えていました。装飾は抑制され、簡素で、静寂のある建物でした。)
この時期コルビジェはロンシャンの教会や、他にも多くのプロジェクトを抱えていました。1951年にはインドのチャンディガール都市計画の政府建築顧問に就任、チャンディガール高等裁判所、同じ1952年、ジャウル邸、1953年はナントのユニテ、アーメダバッドの美術館、チャンディガールの講堂、総合庁舎、パリ近代美術館での展覧会等、1954年は日本とフランスの間の松方コレクション返還条件の国立西洋美術館で日本訪問し、現地調査、etc,当時、65歳の建築家としては超ハードなプロジェクト数である。しかもこのラトューレット修道院の設計が終わり、工事を着工した1957年に彼は2度目の妻のイヴォンヌ・ガリを亡くしていました。
 いろんなことを経験しながらこの建築と向き合っていた様に思います。多くのプロジェクトが進行していたため、弟子のアシスタントとの共同作業で設計・監理は行っています。特によく知られている弟子の一人が音楽家、数学者でもあったヤニス・ クセナキスでここのプロジェクトの担当をしていました。彼はモデュロール(黄金比を参考したコルビュジェ独自の比例配分)理論、窓枠や格子のプロポーショナルな配置などについて、彼の数学的考案に基くところが設計に大きく貢献した、と言われています。
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その窓のデザインは、食堂の細長いガラスは幅42㎜の細いコンクリートの間柱(ピッチは230から1450㎜ほどまでたくさんある)により、光が時間を経過しながら差し込むと、オーケストラの音楽のような旋律となると言われています。(そこに音楽的配置の要素があるといわれています。)
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クセナキスが工事監理をしていた際の面白いエピソードを、勤務されているローレンさん(建物の解説担当者)から現地で伺いました。
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アーチ型の壁柱等、原設計にないデザインが彼の可愛い悪戯としてピロティ―部分に残されていました。コルビジェも完成後、訪れた際にそれに気付き、彼を怒ったと言われています。しかし、時すでに遅しで、彼もこの悪戯にはなすすべはなかったとのことでした。
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ロンシャンの有機的な曲面のある建物を設計した直後に、この直線の水平と垂直でシャープな建物の設計をスタディーしているところが巨匠と言われる側面のように私は思います。
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訪れてみて、クチュリエ神父の期待にも答えたいという意気込みを時代を超えて感じれた気がしました。個人的に興味もあったので、視察時はちょっとシビレました。写真は到着時(夕方)と翌日の早朝に撮影しました。
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宿泊はこの建物の修道士たちが使う個室が一部開放されていて、そこで私達も宿泊させて頂きました。1800㎜×5800㎜という書斎にベッドルームがあるような細長い部屋(10.44㎡:約6帖)でした。家具も当時の造作の収納のようでした。素材はドアと同じラワンの様でした。
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 シンプルな夕食の後、自由参加で礼拝に数名で参加させていた来ました。フランス語の聖書が読めずに、終わるまでとりあえず、10日前にパリで起こったテロでの被害者を思い、黙とうさせて頂きました。

 パンとチーズ、シリアル等の朝食を食堂で建築士会の皆さんと頂きました。自然光が少し体感でき、窓の影が少し体感できました。内陸いあるのでこの11月という月はなかなか晴天が安定しない様子で、訪問を検討さえている方は5月ぐらいの季節をお勧めします・・。でもここは念願の場所だったので、見れて、泊まれて、食事ができて、窓を見ることができて、よかったです。写真撮影の後、建物までの参道の並木道を通り、ちょっぴり、名残惜しくこの場を去りました。まだ、私達を待っている彼の作品たちがこの後もあるのでした・・・つづく。
 
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by atelierbau | 2016-01-09 22:09 | | Comments(0)

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